まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 
2014年06月14日 (土) | 編集 |
選択肢がある。

 1.おまんじゅうを食べたい。
 2.おまんじゅうを食べたくない。
 3.今はお腹いっぱいで食べたくないが、あとでならおまんじゅうを食べたい。

1と回答した人が40%、2が35%、3が25%だったとする。
1.2 は何ら問題が無い。食べたいか、食べたくないか、明確だからだ。
問題は3 をどうカウントするか。
今は食べたくないから「食べたくない」なのか、
あとでなら食べたいから「食べたい」なのか。
調査を行った側の解釈で「食べたい」と判断されれば、
その割合は40%+25%で65%の人がおまんじゅうを食べたいことになる。
逆に「食べたくない」だったら、60%がおまんじゅうを食べたくないということだ。
調査を行った団体が「日本おまんじゅう協会」ならば「食べたい65%」というだろうし
「日本おまんじゅう協会」のライバルである「全日本プリン普及評議会」ならば
「食べたくない60%」という結果を主張するであろう。

何が言いたいかというと、
最近頻繁に行われれている独自調査といわれる世論調査の結果は
全くアテにならない、ということだ。
選択肢は調査を行った側が導き出したい答えに誘導できるような記述だし
そのデータの分析には調査を行った側の主観が反映され、
出したい結果になるように都合のいいように解釈されて発表されるからだ。

集団的自衛権行使容認に賛成か否か。

 1.賛成
 2.反対
 3.限定的ならば賛成

3 の「限定的ならば賛成」を、「特別なケースに限り賛成だから賛成」ととるのか、
「特別なケースに限り賛成なのだからほとんどのケースでは反対」ととるのか。
賛否の比率はいかようにも操作でき、いかようにも解釈できるのだ。

ゆえに独自に行われているこの種の世論調査の結果を鵜呑みにしたり、
それが民意を正確に反映していると安直に考えるのは非常に危険なことだ。
そしてそのデータを恣意的に利用して、
自分たちの行動の正当性の根拠にして強引に事を進める危険な輩も
数多く存在することを忘れてはならない。

真の民意を探るならば、調査する側の主観が入り込む余地を
徹底的に究極的に排除することが必要だ。
つまり選択肢は2つだけ、YES か NO だけでなければならないのだ。

客観的な数字というデータの裏に隠されている
極めて主観的な意図を見抜く目を持つことが、
これからの時代を生き抜く上でとても大切になるであろう。


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