まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 
2011年12月14日 (水) | 編集 |
どうも。

この10円玉は、裏が表に、表が裏に
刻印されている珍しい10円玉だ。

三流亭まん丸でございます。

…ジャイアンの名言。





今年をあらわす漢字1字が発表になりました。

  「 絆 」 



そりゃぁ確かに、大震災を通じて
それまで忘れかかっていた「心のつながり=絆」は再認識させられましたし
素直に「日本人もまだまだ捨てたモンじゃないね」と感動もしましたよ。

でもね、日本人は国家的危機に遭遇しても
冷静沈着な判断をし互助精神に基づいた行動をしたという
「良い」面、言い換えると「表」の面だけを強調しすぎちゃいませんか?

 ・何もかもが一瞬にして破壊されてしまった被災地の惨状。
 ・震災直後に起こった買占め。
 ・原発事故で嘘つきまくり、誰一人事故の責任をとろうとしない国・政治家・東電。
 ・被災者にいきわたらない義援金。
 ・「当店は福島産をおいておりません」と盛んにアピールするスーパーと
  露骨に福島産農産物を除ける買い物客。
 ・被災した松を大文字送り火で燃やす事を拒否した人々。
 ・福島の花火なんか打ちあげて放射能汚染したらどうすんだと猛抗議した人々。
 ・放射能が心配だからと被災地からの瓦礫受け入れを拒否した人々。
 ・被災地そっちのけで自己権益の保護と権力掌・維持に奔走するアホ政治家。

こういう震災で生じた様々な「裏」の面を、忘れちゃぁいませんか?



物事には「表(良)」と「裏(悪)」があり、
2面をきちっととらえて、はじめてその物の本質がつかめるってもんです。

そしてどっちかっていうと、「表」ではなく「裏」にこそ、
真の姿、戒めとしてまた教訓として今後に生かしていかなければならない
本当に重要な要素が存在していることの方が多いような気がします。

ただ「裏」を真正面から受け止め、正視し続けることは辛くて苦しい(…はず)。
できれば誰も、触れたくないし、かかわりたくないし、
見たくもないし、思い出したくもないし、忘れ去りたいですよね。

でも心地のよい「表」ばかりを見て、「裏」を見て見ぬフリしていると
事の本質は正しく理解されず、正しく伝えられず、どんどん変化し歪曲していってしまう…。

そして長い時間の経過とともに、
その歪曲・変質した記憶やその記憶に基づく記録が
実際に起こった事のように語られるようになります。

そんなこんなで実際に起こった出来事や事の本質は
正しく後世に引き継がれることなく
人間というバカな生き物はこれまでに
何度も何度も同じ過ちを繰り返してきちゃったってことです。

歴史のお勉強ってのは、
「人間ってのはバカだねぇ、まったく懲りないねぇ。」
っていうことを再確認する学問なんですねぇ。


うまくいえないんですけど、個人的には(あくまでも私見です)
この「絆」っていう漢字を今年の一字として認めるのは、
何が起こっても裏を隠し続け表面上だけ取り繕って
「直ちに影響が無い」と言い続けた
どっかのアホと同じになっちゃうような気がして、
どうしても受け入れられないですね。



…おっと、真面目に書いてしまいました。

たかが漢字一字ごときで
「なにバカみたいに吠えてるの?」
っていわれちゃいそうですので、この辺でやめときます。



さてと、3時の一服でもしようかな?

おっ、この大福は、
中のアンコが外にあり、外のお餅が中に入っている
珍しい大福じゃないか!


…おはぎ。




以上 

まん丸でした。

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