まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 
2016年03月06日 (日) | 編集 |
今回の内容は、ちょっと偏ってますよ。


大学生の就職活動がこの3月1日にスタートしました。

それに伴い「働きたくない」「なぜ働かなきゃならないの?」
というささやき・つぶやきが、
ネット上でちらほらと見られるようになってきました。

ということで、働くことに疑問を持つあなた、
まずはこれをお読みください。


ベネディクトはその著「菊と刀」で、日本は「恥の文化」だと述べてますよね。
恥は、おっしゃられる通り「他と比べる」ことによって生まれる意識です。
つまり自分という存在を、「公」の中の「個」ととらえているわけです。

私が大っ嫌いな歌「世界に一つだけの花」に
ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン♪
という歌詞があります。(御存知でしょうけど…)
これが日本で「感動の名曲」として大ヒットしたことでもわかるように
今の日本では「個」があまりにも尊重され過ぎていて、
「公」の中の「個」という意識が欠如している気がします。

自分さえよければそれでいい、周りの人々はどうでもいい、
文句や苦情を言ったもん勝ちみたいな風潮が蔓延り
それをすることで周りが自分をどう見るか、どう見られているか、
という視点が欠落し始めている。

「公」あってこその「個」なのに
「個」が四方八方に無制限に拡大し続けて
「公」としての秩序、道徳やマナーを駆逐している。

権利ばかり主張して義務を果たそうとしなかったり、
社会が自分に何をしてくれるのかばかりを主張し、
自分が社会にどう貢献できるのかという考えに至らない人々、
いわゆる「恥知らず」な人々が急増しているような気がします。

恥ずかしいことを恥だと思わない人々が増えつづける日本、
そう遠くないうちに日本が世界に誇る「恥の文化」が消失し
日本かどこだかわからなくなってしまうような気がします。




これ、よくコメントを下さる
ウォンバットさんのブログに、
今から1年ほど前に私が書いたコメントなんですけどね。
あ、「菊と刀」についてはいろいろ評価が分かれるところではあり、
私もその内容にもろ手を挙げて全面的に賛成というわけではありません。
ま、それはまた別の機会にということで。
で、このコメントをお読みいただければ、
私が考える「働く」理由がなんとなくお分かりになると思います。

あなたは、お母さんのおなかの中にいるときから、
おぎゃあと生まれ、保育園から小中高、そして大学を卒業する・・・
とここまで、すべて自分の力だけで生きてきたのでしょうかね。
あなたはあなた以外の人々が一生懸命働いてくれた恩恵、
つまり直接受けた行いや心遣い、
納めた税金や社会保険料などによって賄われている
義務教育や健康保険・社会保障制度のおかげで、
ここまで無事に生きてこられたのではないですか。

大嫌いな、本当に大っ嫌いな創〇学会のラジオCMで
「働く」とは「傍(はた)・楽(らく)」だと言ってました。
「傍」、言いかえれば周りの人を「楽」にしてあげること、
それが「働く」の意味なんだそうです。
あなたが働くことで、直接的に周りの人が楽になったり、
喜んでくれたり、助かったりすることがあるでしょう。
また税金を納めたり、保険料納入したり、寄付などをすることによって、
あなたがこれまで当たり前のように受けてきた義務教育や、
健康保険による医療費補助、奨学金などが
今度はあなたの周りの人達に施されるようになるのです。

これまでさんざんそういう恩恵を受けるだけ受けておいて、
さらにまだ恩恵を受けようとする一方で、
もう恩恵を施すことができるような立場だったり
受けてきた恩恵によりその力が備わったにもかかわらず
それをしない、したくないなんていうのは、おかしくはないですか。
「ちゃんちゃら」という接頭語がつくほどおかしいのでは?
私はもう、へそで茶が沸くどころか、へそでラーメンが茹でられるくらい
自分本位でおかしいことだと思います。

もちろん「自分が生活するために」、「自分の生甲斐のために」、
ということも大切でしょうけど、決してそれだけじゃない。
そういう「個」の視点だけで「働く」ということをとらえるのではなく、
「周りにいる人たちの為にいったい何ができるのだろう」、
「社会のためにいったい何の貢献ができるのだろう」
という視点で「働く」意味を考えてみれば、
「働きたくない」なんていう考えが頭に浮かぶはずがない!
と思うのですが、いかがでしょうかねぇ。


ということで、

一生懸命働いて一刻も早く私を楽にしてください。







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コメント
この記事へのコメント
きっかけとして、自分のやりたいことを仕事にする。自分の生活のために仕事を続ける。それでも私は良しだと思っています。仕事を始めるのって大体20代で、実際はまだまだ未発達な大人なわけで、自分のことで精一杯だと思うのです。それが30代後半、40代になっていくと、自分だけのために働いているってことではない。って気がつくのかと思いますね。そうでありたいなーと希望もありますが。
2016/03/08(火) 15:44:29 | URL | Wombat #-[ 編集]
Wombatさん、コメントありがとうございます。

私も「自分の為に」「自分がやりたいことをしたい」という考えで働くことは否定するつもりはありません。
ただ「やりたいこともないのに何で働かなきゃならないんだ」とか、「やりたいことじゃなければ働かない」とか、そういう考えしか持っていない人々に、「働く」意味を「自分にとってどう」でなく「社会にとってどう」という違った視点からとらえてほしいなぁと思うわけです。

Wombatさんのおっしゃられているように、大多数の人々はきっかけは「自分の為」でもそのうち「自分以外の為」と気づくのでしょうけど、最近はそうあってほしいお年頃を迎えていても、そういう考えに至らない方が増えているようで、そこがこれからの日本の将来にとって、かなり心配だなぁと思うわけです。

私はなんだかんだいっても、困っていたお客さんから「本当に助かったよ、どうもありがとう。」って言ってもらえることが、仕事をする原動力になっているわけで、そういうことが「働く」ことの1つの意味だと思ってくれる方が増えてくれればうれしいなぁと思いますねぇ。
2016/03/08(火) 17:20:06 | URL | 三流亭まん丸 #-[ 編集]
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