まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 
2015年12月30日 (水) | 編集 |
日本全国、大晦日イブです。
年末年始は帰省や家族旅行などでブログに訪問してくださる方が非常に少ない時期でございますが、

今、このブログをお読みくださっているアナタ!

そんな稀有なアナタの為に、過去記事の中から「あくまで自己満足で面白いと思われる記事」を計5本ピックアップいたしました。(若干の加筆、削除等あり。)
年末年始は特番・総集編という名の「つかいまわし」と相場が決まっておりますので、今日から三が日までの5日間、毎日1本ずつご紹介していきたいと思います。
ただし皆様のご想像通り、予約更新でございます。
賞賛の声、絶賛の嵐、苦情、批判等のコメントには直ちにレスポンスできないことをどうぞご理解いただき、お許しいただければと存じます。

それでは、本日のおはなしです。



今年も、日本国中を、あらゆる日本人を巻き込んだクリスマス狂騒曲が終わった。

本来キリスト教徒以外には何ら関係ない日であり、なぜそこらへんのおっさんまでもが「メリークリスマス!」って大騒ぎするのか全く解せないのだが、寒風吹きすさぶ街中のあらゆる場所にミニスカサンタ姿の可愛いお姉ちゃん達が溢れだす光景はたまらなくグッドなので、まぁ良しとしよう。
しかし、なんでミニスカサンタお姉ちゃん達はあんなにかわいいのだろう。
「ゲレンデのお姉ちゃん達は街中よりも5倍可愛く見える理論」を適用したいくらいに可愛い。
その一方、駅前や商店街でトナカイ姿の大学生バイト野郎が手当たり次第にビラやチラシを配りまくっていると普段の20倍以上鬱陶しい。

さて、クリスマスとは一体何の日なのだろう。
改めてこう問われると、仏教・神道・キリスト教・無宗教等の各教義上重要な習わしやしきたりの上辺だけいいとこどりする日本人の中で、簡潔明瞭に回答できる人はそれほど多くないのではなかろうか。
クリスマスとは、生まれてすぐに四方に7歩ずつ歩き、右手で天を指さし左手で地を指し「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」…、これは失礼、お釈迦様と福沢諭吉が混ざってしまった。
お釈迦様は「天上天下唯我独尊」と仰られ、その誕生日である4月8日は花祭りとしてお祝いされている。
また「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は、一万円札の肖像で有名な福沢諭吉が記した明治期の大ベストセラー「学問ノススメ」の冒頭の一説であった。

ちょっとばかり余談ではあるが、慶應義塾においては福沢諭吉の命日(2月3日)を「雪池忌」と呼び、この日に墓参すると絶対に落第しないという伝説があるため、落第ラインギリギリの塾生たちが大挙して、福沢諭吉の眠る麻布山善福寺に押し寄せるらしい。
もちろんその中には創立者に敬意を表し墓参している塾生・塾員もいらっしゃるのだが、その場凌ぎの善行で落第を回避をもくろむ塾生も多数存在しているのは事実。
でも、それだけで進級できるほど世の中は甘くない。
墓参する時間を救済レポートを執筆する時間に充てた方が落第回避に有効という事実に気付かないようでは、「慶應義塾の塾生」とはいえず、「低能未熟を熟成」しているとしかいいようがない。
ま、もっとも、そこに気付くような者は、落第の危機に直面するわけがない。
でもゆくゆく考えてみると「人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という福沢の金言を無視し、塾生を成績で順位付けする慶應義塾の現状がそもそもおかしいといえるのではないだろうか。

かなり脱線してしまったので話を元に戻す。

クリスマスとはイエス・キリストの降誕、つまり誕生を祝う祭り(誕生日ではない)なのだそうだ。
仏教でいうところの花祭りとほぼ同じ意味合いを持つ日といえそうなのだが、4月8日に日本国中を巻き込むようなバカ騒ぎやライトアップでピッカピカ、なんてことはまるで聞いたことが無い(というクリスマスだって、本来ならバカ騒ぎやライトアップでピッカピカという類のお祭りではなく、教会で静かに祈りを捧げる日のはずだが・・・)。

ではなぜ古来から仏教の影響を色濃く受けている日本で、花祭りよりもクリスマスの方が広まっているのだろうか。

様々な理由が考えられるが、食す物の違いを1つ目の理由に挙げてみたい。
花祭りでは甘茶を飲む。
お祭りなのに酒ではなく、甘茶なのである。
甘いといいながらなんとも渋~いお祝いの仕方である。
一方クリスマスは七面鳥にシャンパンという豪快で派手なお祝いの仕方である。
普段は勤勉実直ゆえに、ひとたびお祭りとなると酒飲んでバカ騒ぎしハメをはずしたい日本人には、渋~くお祝いする花祭りよりも派手で豪華で酒飲んでバカ騒ぎできるクリスマスの方が魅力的なのかもしれない。
でも、そうはいっても日本人は、その通り、まんまの形ではお祝いはしない。
なぜそうするのかという本質を理解しようとせず上辺だけを何となく真似し、いともたやすく日本人にあったスタイルに変容させてしまうのである。
焼くのが豚ではなく七面鳥なのは、きっとそれなりの意味があるのだろう。
でも七面鳥を丸ごと焼くのは七面ちょう(どう)くさいし、発泡酒ならシャンパンよりもっと安価で手に入りやすいものがある。
「クリスマスにちなんでっと。…ちと違うけど、まぁいいか、クリスマスだし。」
私も昨夜の晩酌には「焼き鳥に第三のビール」をいただいた。
ご多分に漏れず私も「THE 日本人」であることを大いに自覚した。

2つ目はサンタクロースというキャラクターが存在することだ。
トナカイのひく空飛ぶソリに乗って世界中の子供たちにプレゼントを配る真っ赤な服を着た人のよさそうな小太りお爺さんというキャラクターが、人々に夢と希望を与えているのだ。
こんないい人がやってくるクリスマスは万人に受け入れられやすいだろう。
一方、花祭りにはそういうキャラクターは登場しない。
ま、もっとも深夜に子供たちの枕元に真っ赤な炎に包まれた不動明王クンが突然表れたら、それこそ鼻から涙、目から鼻水、驚愕と絶叫の阿鼻叫喚の世界が繰り広げられるに違いない。
まさに修羅場だ。

そして最も重要なポイントはプレゼントの有無である。
クリスマスにはプレゼントが付き物だ。
当初プレゼントは子供を喜ばす目的だったと思われるが、それなら盛り上がるのは子供だけであり、出費がかさむ大人にはあまり歓迎されないはずだ。
ではなぜ老若男女を巻き込んで、ここまでクリスマスが盛り上がるようになったのか。
それはプレゼントの役割が、意中の異性をおとすための必殺アイテムへと変容しそれが主流になっていったからだ。
そしてそのプレゼントをめぐる男と女の駆け引きを野次馬の立場で見ることもできるし、時と場合によっては自らが体験できる。
つまりクリスマス自体が恋愛ドラマ化し、誰でもその主役を疑似体験できるイベントにもなったわけだ。
「惚れた・腫れた」「くっついた・離れた」系ドラマが三度の飯より大好きなのが日本人だ。
盛り上がらないわけがない。
一方花祭りにはプレゼントをやりとりする慣習はない。
甘茶をすすりながらお坊様から徳のあるお話を聞いても、心は和み穏やかにはなるが、盛り上がるわけがない。

ということで日本人を熱狂させるクリスマス。
その日は12月25日なのだが、頭と心は11月中旬から1か月もの間クリスマス一色に染まっている。
「つまらないものかもしれないけれど…」と謙りながら(=ちょっとカッコつけながら)高価で希少なプレゼントをすることに至福の喜びを覚える日本人は、クリスマスの1か月以上前から「つまらないプレゼント」をあーだこーだ言いながら探し続ける。
渡した時の相手の驚きと喜びに満ちた表情を想像しながら、あーでもないこーでもないと言いながら探し続ける。
そして1か月もの間、妄想に妄想を重ね、徐々に熟成していった気持ちの高ぶりが12月25日にクライマックスを迎え、プレゼントを手渡した瞬間にさく裂する。
相手の喜ぶ様子に、心の中は歓喜の自己満足で満たされ、自己陶酔とその余韻に浸るのである。クリスマスがキリストの降誕をお祝いするお祭りであることなど、もうどうでもいいことなのだ。

しかし、時は新年まで残り1週間を切り先生も走りまわるほど大忙しの年の瀬である。
クリスマスのことだけを考えて1か月間過ごしてきた日本人は、クリスマスが終わった26日になってハッと気づくのだ。
「お歳暮やってない。」
「大掃除してない。」
「年賀状書いてない。」
「おせちの予約は?」
「買い出しに行かなければ!」
12月の声を聞いてから少しずつ準備を始めていれば全く慌てることもないのだが、いかんせんこの時期からではどうジタバタあがいても間に合うはずがない。

「 祭りの後 」 では 「 後の祭り 」 なのだ。



 
                       ( 了 )






あと2日、ここからが勝負ですよ。(笑)








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コメント
この記事へのコメント
とっくに年内の営業は終了しておりましたが、頼みもしないのに挨拶に立ち寄っていただいたので、面倒臭いと思いつつも表敬訪問させていただきましたさ。

復帰後の記事を読んで来ましたが、守備範囲が狭くなったというか、書き方がワンパターンになったというか、復帰前よりも面白みが減った(当方勝手な個人比)というのが素直な感想です。

木曜日という決め方に原因があるんじゃないかと思ったりするわけです。毎週決まった日に書くというのは難しいように見えて実は、そう決める方が簡単なんですね。とにかく書いて載せればいいわけだから。出来云々よりも更新出来ていることに本人も読者も安心するわけですね。
以前は時にウンウン唸りながら、時にハイになりながら、時に筆が勝手に走って文字が紙面を埋めたと想像させるような文章が多かったものです。
毎週水曜の夜や木曜の早朝に必ずハイになったり筆が走ってくれるとは限らないないわけで、その分、ワンパターンな浅い引っ掛けやオチの文章が多くなってしまったと、年末も押し迫った30日に、師匠はきっとパイプレンチをピカピカに磨くなど大掃除で忙しくしているのだろうなと思いつつ僕は、言いたい放題なコメント書いているわけですね。

思えば、好き勝手言える相手がいるというのは幸せなことで、僕は他人に冷たく友人に厳しく自分に激甘な性格なので、師匠の存在はとても有り難いのであります。

来年はぜひ守備範囲を広くしていただいて、ブラックやホワイトやブルーやピンクなどなど、面白おかしく書き散らかしていただければ嬉しいです。

どうぞ良いお年を♪
2015/12/30(水) 11:41:06 | URL | たかのつめ #m5nORXto[ 編集]
たかのつめさん、コメントありがとうございます。

年末年始休業中の時間外営業、すいません。
パイプレンチがピカピカになりましたので
ブログを覗きにきましたら、
長々と愛情のこもったコメントをいただいておりました。
どうもありがとうございます。

4月以降なかなかまとまった時間PCに向かうことができず、
下書き途中で一旦保存、
またちょっと書き足して保存という繰り返しで、
1週間かけて1つの記事を書き上げるという感じになっています。
それゆえ、日々のテンションや気分やノリなどの違いで
どうしても統一感・まとまりが欠け
勢いというか筆が走るような文章にならないんですよねぇ。
自分でも何とももどかしいのですが、
それをズバッと見抜いていたわけで、
さすが我がブログの師匠・たかのつめさんであります。
来年もどうぞ好き勝手に言いたい放題してください。
苦言金言、心よりお待ちしております。

たかのつめさん、どうぞよいお年をお迎えください。

2015/12/30(水) 14:17:46 | URL | 三流亭まん丸 #-[ 編集]
この返信コメントの方が、ピカピカに面白い!♪
最後の最後に、いい文章を読ませていただきました。
こちらこそ、来年もよろしくお願いいtらします。
2015/12/30(水) 18:03:20 | URL | たかのつめ #m5nORXto[ 編集]
たかのつめさん、コメントありがとうございます。

ジャニーズ&なんちゃら48だらけの紅白は本当に見限りましたので、
毎年恒例、「初日の出にほえろ」は無いと思います。
新春一発目は、穏やかな気分で書きたいですからねぇ。

年末年始は過去記事の再掲をしますので、
本当の再開は仕事始めと同じ1月7日からになりそうです。

来年もどうぞよろしくお願い致します。
2015/12/31(木) 06:27:52 | URL | 三流亭まん丸 #-[ 編集]
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