まん丸、メジャーへの道 4

まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 

 


< この記事は6月27日まで掲載 >


★ 集団的自衛権行使「違憲」=憲法学者3氏が表明―衆院審査会
           時事通信 6月4日(木)11時9分配信

衆院憲法審査会は4日午前、憲法学者3氏を参考人として招き、立憲主義などをテーマに意見聴取と質疑を行った。民主党委員から集団的自衛権の行使容認について見解を問われた3氏全員が「憲法違反だ」と明言した。

招かれたのは早大教授の長谷部恭男氏と笹田栄司氏、慶大名誉教授の小林節氏。長谷部氏は、安倍政権が進める安全保障法制整備について「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかないし、法的な安定性を大きく揺るがすものだ」と批判した。

小林氏も「憲法9条2項で軍隊と交戦権が与えられていない。仲間の国を助けるために海外に戦争に行くことは憲法9条違反だ」と強調し、9条改正を訴えた。笹田氏は、従来の憲法解釈に関し「ガラス細工で、ぎりぎりのところで保ってきていた」とした上で、集団的自衛権行使については「違憲だ」と述べた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150604-00000061-jij-pol




★ 安保法案 参考人全員「違憲」 衆院憲法審 与党推薦含む3氏
            2015年6月4日 14時04分

衆院憲法審査会は四日午前、憲法を専門とする有識者三人を招いて参考人質疑を行った。いずれの参考人も、他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法案について「憲法違反」との認識を表明した。自民、公明両党の与党が推薦した参考人を含む全員が違憲との考えを示したことで、衆院で審議中の法案は憲法の枠内だとの政府の主張に対する疑義が鮮明になった。

参考人として出席したのは、自民、公明、次世代の各党が推薦した長谷部恭男(はせべやすお)早稲田大教授、民主推薦の小林節(こばやしせつ)慶応大名誉教授、維新推薦の笹田栄司(ささだえいじ)早稲田大教授の三人。

長谷部氏は、安保法案のうち集団的自衛権の行使を容認した部分について「憲法違反だ。従来の政府見解の論理の枠内では説明できず、法的安定性を揺るがす」と指摘。小林氏は「私も違憲だと考える。(日本に)交戦権はないので、軍事活動をする道具と法的資格を与えられていない」と説明した。笹田氏も「従来の内閣法制局と自民党政権がつくった安保法制までが限界だ。今の定義では(憲法を)踏み越えた」と述べた。

いずれも民主党の中川正春委員の質問に答えた。法案提出前の与党協議を主導した公明党の北側一雄委員は「憲法の枠内でどこまで自衛の措置が許されるかを(政府・与党で)議論した」と反論した。

国際貢献を目的に他国軍支援を随時可能にする国際平和支援法案が、戦闘行為が行われていない現場以外なら他国軍に弾薬提供などの後方支援をできるようにした点について、長谷部氏は「武力行使と一体化する恐れが極めて強い。今までは『非戦闘地域』というバッファー(緩衝物)を持っていた」と主張した。

小林氏は「後方支援は特殊な概念だ。前から参戦しないだけで戦場に参戦するということだ。言葉の遊びをしないでほしい。恥ずかしい」と述べた。

審査会は、参考人が立憲主義や改憲の限界、違憲立法審査をテーマに意見を述べた後、各党の委員が質問する形で進められた。

安保法案をめぐっては、憲法研究者のグループ百七十一人が三日、違憲だとして廃案を求める声明を発表したばかり。安倍政権の憲法解釈に対し、専門家から異議が強まっている。
                                    (東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015060490140427.html




★ 890話 矛盾

「お父さん、社会の宿題、教えてくれる?」
「何がわからないんだい?」
「憲法って何?」
「憲法っていうのは、国の統治の基本原理、
その組織と権限について定めた最高法規、かな?」
「難しくてよくわかんない。」
「その国に住んでいる人達の権利や自由を守るために
国がやってはいけないことについて、
国民が決めた一番重要な基本になる法律のこと、かな。」
「・・・なんとな~く、わかったような気がする。」
「じゃ、今度は、国語の宿題、教えてくれる?」
「いいよ、何?」
「矛盾っていう言葉なんだけど・・・」
「矛盾か。そうだなぁ。
たとえば、どんな剣の攻撃も通用しないバリアーと、
どんなバリアーも突き通す剣、どっちが強い?」
「剣?・・・いやバリア、いや剣? ん?! それ、おかしいよ!」
「そうだよね。そういうのを矛盾って言うんだ。」
「なるほど!じゃ、時間は貴重だから大切に使いなさいっていう
校長先生の長~い話は矛盾しているってことか!」
「あはは! そうだね。」
「ロン毛のお坊さんとか・・・」
「うん、うん」
「絶対に切れない電球を売る会社とか・・・」
「そう、そう」
「おすぎの顔したジャニーズJr.とか・・・」
「それ、いいね。」
「集団的自衛権とか・・・」
「・・・へっ? 」
「憲法9条には戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認が謳っており、
その条文を文面通りに解釈すれば、その通りにしか受け取れない。
だが朝鮮戦争や東西冷戦の激化など日本を取り巻く国際情勢から
自分の国を守るための実力組織が必要となり、警察予備隊が創設された。
警察予備隊は、保安隊、そして自衛隊へと発展的に改組されたが
自衛隊の存在は戦力不保持を掲げる憲法9条に対して
矛盾している存在ともとられかねないため、
国家固有の権利として自衛権を認めるという国連憲章第51条を持ち出し、
自衛隊を安定的に存在・運用するための根拠を導き出した。
憲法9条と国連憲章51条の整合性をはかり今日まで続いた憲法解釈、
これがすなわち

日本は憲法9条により、他を侵略する目的の戦争は永久に放棄する。
そのための戦力は保持せず、そのための交戦権は認めない。
だが、憲法条文には明文化はされてはいないが、
国連憲章でも認められている国家固有の権利である自衛権は当然日本も保持している。
ゆえに日本は2つの自衛権、
「国を他の国からの武力攻撃から防衛する権利」である個別的自衛権と
「他の国が武力攻撃を受けた場合、これに密接な関係にある国が被攻撃国を援助し、
共同してその防衛にあたる権利」である集団的自衛権の両方を持ちあわせている。
ただ憲法の制約上、日本に対する直接的な武力攻撃から
日本を守るための最小限度の範囲の個別的自衛権しか行使せず、
集団的自衛権は行使しない。


である。
この解釈により自衛隊は、国家固有の権利である自衛権のうち
個別的自衛権を行使する為の実力組織として存在するので憲法違反ではないという、
存在の安定的根拠を得、運用されてきたのだ。
だが、今、他の国を守る為に自衛隊が集団的自衛権を行使できるとすることは、
個別的自衛権を行使するための実力組織ゆえに憲法違反ではないという
自衛隊存在の根拠を根底から覆すことにはならないだろうか。
つまり自衛隊の存在が憲法違反でないならば集団的自衛権行使は認められず、
集団的自衛権を行使するならば自衛隊の存在は憲法違反になる。
ゆえに現行憲法においては、
自衛隊の存在の根拠と集団的自衛権の行使容認は矛盾している。」
「・・・。」
「憲法改正以外には、この矛盾を解消できません。」
「・・・。」
「第九十九条に

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


とあるから、国務大臣は現行憲法を尊重し擁護する義務が科せられているわけだし
国務大臣で構成される内閣、そのトップである内閣総理大臣も
当然同様の義務を負っていることはいうまでもない。
また第九十六条に

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、
国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、
その過半数の賛成を必要とする。

第二項

憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、
この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。


とあることから、
国会を構成する国会議員は99条にある憲法尊重擁護義務を負っていながらも
尊重擁護しつつ必要に応じて改正することを発議する権限のみは
与えられていることがわかる。
ただし、ここが重要なのだが、国会の権限は現行憲法の改正発議権限であり、
現行憲法の破棄につながるまったく新しい憲法の内容を議論したり
その制定を発議する権限は、どこをどう読んでも書いておらず、
すなわちそんな権限は国会にも与えられていない。
そしてもう1つ重要な点は
この改憲発議の権限は、国会だけに与えられた権限であり
どこをどう読んでも、内閣、もちろん内閣総理大臣には与えられていない。
つまり安倍首相が一国会議員としてではなく、
内閣・内閣総理大臣としての立場で改憲する意志を示せば、
これは憲法99条の憲法尊重擁護義務違反であり、
また国会議員達が改憲ではなく新憲法について国会の正式の場で議論した場合、
国会は憲法第96条違反、それに加えて国会議員は第99条の
憲法尊重擁護義務違反にもなる。
まとめると、
安倍首相が内閣として憲法改正を目指すのは憲法に対しての矛盾であり、
国会議員達が改憲ではなく新憲法について議論するのも、憲法に対しての矛盾である。
・・・どうしたの? お父さん。呆気にとられちゃって。」

「なぁ、お前自体、矛盾してないか?」

                    (ここまで)


安全保障法制改正の細かな定義や内容、解釈ではなく
そもそも
「閣議決定によりなされた憲法解釈の変更の内容そのものが
現行憲法上に照らし合わせて問題ではないのか。」
ということが論じられてこなかったことが大問題だ。

東京新聞の記事では公明党・北側氏が反論し、
記者会見で菅官房長官も「違憲ではない」とコメントしたらしいが、
憲法学の研究を生業にしている171人もの専門家が
「違憲」と声明を出している事態を冷静に判断すれば、
やはりこの声明を真摯に受け止めるべきではないだろうか。
もし仮にこのまま法改正されたとしても
司法による違憲立法審査により法が無効となる可能性もあるのだから。

そもそもそれまで70年もの間行われてきた憲法解釈を
一内閣の閣議決定だけで、
憲法の改正無しに180度変更することは問題ないのだろうか。

沖縄の基地問題を巡り、
行政の長(県知事)がかわったらこれまでの方針がかわるというのはいかがなものか?
というようなことを、菅官房長官がコメントしていたような記憶があるが
ならば行政の長である内閣総理大臣がかわったら憲法の解釈が180度変わるというのは
いかがなものだろう。

時代にそぐわない不備が出てきたのなら、
国民が有する憲法の「この部分が不備なので改正させてはくれまいか?」と、
国民に真正面から問いかけ、国民にその判断をゆだねるべきであり
決して時の為政者がそれを国民に量ることなしに
勝手に国民の憲法の解釈をかえていいはずがない。

ゆえに安倍首相は、
本当に日本の為にやらなきゃならないという政治的信念と
日本の未来の責任を背負う覚悟があるのなら
解釈変更などという小手先だけの誤魔化しみたいな国民を欺くような手段ではなく
正々堂々と国民にその必要性を何度でも繰り返し訴え、
国民の理解と支持を得てから
憲法改正 → 安全保障法制改正
という正攻法でやるべきなのだ。

為政者がかわろうとかわるまいと
憲法による法治がしっかりなされることが立憲主義であり、
それこそ安倍首相が好んで用いる言葉「法による支配」、
法治国家のあるべき姿なのではないだろうか。



以下 6月9日 追記

安倍晋三首相は8日の内外記者会見で、衆院憲法審査会で参考人全員が集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案は「憲法違反」と明言したことに対し、「憲法の基本的な論理は貫かれていると確信している」と反論した。
(時事通信 6月9日(火)1時9分配信 )



アホウ学部出身の私でも憲法学の芦部教授の名は存じ上げております。
違憲か否かの最終判断は憲法学者ではなく司法が下すのですが
それでも憲法学者171人が違憲だといっているにもかかわらず
その芦部教授の名も知らないような方が「違憲ではないと確信している」とは
何を根拠にそう申しているのでしょうか。
その論拠をきちんとわかるようにご説明願いたいところです。
「私が合憲と判断したのだから」は
誰もが納得する「合憲」の論拠にはなりえません。

たとえば「後方支援」。
例は悪いですが、実際に手を下さないまでも、
銀行強盗を車で送迎すれば共犯で逮捕されるじゃないですか。
後方で友好国の軍隊への物資・弾薬・燃料の補給といった支援すれば
それは武力行使と同じなんじゃないですかね。
酒気帯び運転の現行犯で警察に捕まった人が、
警察官相手に「奈良漬だから酒気帯びじゃないと確信してる!」って
こねている屁理屈のようで片腹痛いです。
奈良漬だろうが飲酒だろうが、「酒気帯び」は法律に反している。

やはり現行憲法でのこの解釈変更は無理があります。
「今の日本には絶対に必要だ。どうしても安保法制改正せねば!」
であると信ずるのであれば改憲が先でしょう。

それにしても、何に対してもそうですが
自分に対する批判や反対意見に対して
もう少し冷静に丁寧に謙虚に真摯に対応できないものか、
日本の行政を担う最高責任者としての
器の小ささを感じずにはいられませんねぇ。




以下 6月17日追記

憲法違反派の考え方は解るのですが、合憲とされる方の考え方の根拠がよくわかりませんでした。
コンビニで立ち読みした週刊誌各紙に、安全保障法制改正は合憲とする憲法学者の方の意見が書かれておりましたので、以下そのままご紹介します。


西修 駒澤大学名誉教授

そもそも日本は国連加盟国であり、国連憲章51条で加盟国は個別的自衛権と集団的自衛権を『固有の権利』として持つと明記している。日本国憲法は自衛権を否定していないし、私は個別的自衛権と集団的自衛権は基本的には分けられるものではないと考えている。集団的自衛権の行使は全くの合憲です。 (週刊ポスト6月26日号)




西教授の、現在は「日本国憲法は自衛権を否定していない」、そして「個別的自衛権と集団的自衛権は基本的には分けられるものではない」から「集団的自衛権は認められる」という論理の展開には無理があるのではないでしょうかね。



百地章 日本大学教授

国連憲章は集団的自衛権の行使を制限していない以上、日本国憲法も集団的自衛権を禁止していません。違憲のはずがありません。 ( 週刊朝日 6月26日号)


百地教授は、憲法よりも国連憲章の方が優先されるというお考えのようです。
確かに国際法(条約)は国内法の最高法規である憲法に対して優位であるという考え方もありますが、日本では、憲法の基本原則である国際協調主義および憲法98条2項に基づいて、条約や慣習国際法は法律に優先するが、憲法よりは劣ると解されています。つまり厳格な改正手続を要する憲法が条約によって容易に改廃できることとなるのは背理であるので憲法が優位であるという考え方が通説だということです。
また、一般的に国際法(条約)はそこにあるだけでは有効ではありません。その国の国会や議会等が、その国の憲法に照らし合わせて審議し承認・批准した場合に有効になるものです。そう考えると国際法上認められている権利でも、憲法上行使できないことは多々あるのではないでしょうか。
今まで「集団的自衛権は行使できない」と解釈されてきた日本国憲法を、「国連憲章では集団的自衛権行使を制限していない」から「日本国憲法も集団的自衛権を禁止していない」、ゆえに「違憲のはずがない」という論拠は、少々乱暴だと思うのですがいかがでしょう。


八木秀次 麗澤大学教授

合憲と考えます。憲法の条文そのものと照らし合わせれば、自衛隊の存在自体が違憲ということになってしまう。しかしそれでは実際に国家の存立をはかることができないため、解釈に解釈を重ねて自衛隊の存在やその前提としての自衛権があるものとしてきた歴史がある。南シナ海での中国軍の活動など国際情勢が緊迫度を増すなか、抑止力として日米同盟を強化していくのは自然な考え方。安倍内閣は新三要件も閣議決定しており、内容もかなり抑制的です。(週刊朝日 6月26日号)



お話されている内容はたしかにごもっとも。でもだからといって現在国会で審議中の安全保障法制改正案の内容が現行憲法9条に照らし合わせてみても合憲、という論法はおかしくないですかね。 論点は現在審議中の安保法制改正案が現行憲法9条条文て照らし合わせて違憲か、合憲か?ということですから。


残念ながらこれまで、「なるほど。そういう解釈ができるから合憲なのか」と納得できるような合憲派と言われる方の意見・考え方に出会ったことがありません。

やはり現行憲法での、現在審議中の安全保障法制改正は無理があります。

やるなら憲法改正→安保改正という正攻法の手続きを踏むべきだと思います。



以下 6月17日追記の2

「今、野党がすべきこと、安倍政権がすべきこと」
http://economic.jp/?p=50167 

           
安全保障関連法案は合憲か、違憲か。
つまり、集団的自衛権の行使は「限定的」にせよ、現行憲法下で認められるのか、否かが改めて争点になっている。
集団的自衛権行使容認のために政府が憲法解釈を変更し、閣議決定した昨年7月1日の議論に、1年を経て安保法案審議でようやく「入口」に立った。
衆院憲法審査会で与野党激突し論戦する今の状況は本来、昨年、与党協議で憲法解釈の変更を閣議決定する前に行われていなければならない議論だ。
4日の衆院憲法審査会で政府提出の安保法案が合憲か、違憲かの問いに、野党推薦の憲法学者はもちろん、与党推薦の憲法学者まで「違憲」と断言した重さは政府・与党が真摯に受け止め、1年前にさかのぼり検証する必要を提起した。
磯崎陽輔総理補佐官が「(最高裁で)違憲と判断されれば法律を改正する」と報道番組で語ったことは、違憲の可能性を秘めた法案であることを潜在的に認識しているといえまいか。
自民党の谷垣禎一幹事長も裁判に耐えうる法制と強気だが「法律になった場合、違憲訴訟を起こされる方もあるかもしれない」と可能性を否定しない。
法案審議の段階から違憲か合憲かが議論される安保法案。
これを今国会で通そうとする政府・与党の姿勢は異常としか言いようがない。

挙句、中谷元防衛大臣は5日の衆院安保特別委員会で「現在の憲法を、いかに法案に適応させればいいかという議論を踏まえて閣議決定した」とした。大臣は後に記者会見で「憲法の下で法案を作成していくという意味」と釈明したが、どうやって憲法を安保法案に合わせるかという本音が出た発言ではないのかと疑う。

時の政府が成立させたい法律のために憲法解釈を変更する禁じ手をつかい成立させようとするのは立憲主義に反する。

また高村正彦副総裁が党役員連絡会で「60年前に自衛隊ができたときにはほとんどの憲法学者が(自衛隊は)違憲と言っていた。その通りしていたら自衛隊もないし、日米安保もなかった。日本の平和が保たれていたのか極めて疑わしい」などと憲法より時の政府の判断が重要で、憲法学者の解釈論より、政治家は責任をもって国民を守らなければならないのだからと言いたげな発言は立憲主義、法治国家を根底から壊す発想だ。

政府の強引な憲法解釈変更と安保法案に対して、自民党の村上誠一郎元国務大臣(衆院議員)までが「武力行使が認められているのは、我が国への武力攻撃があったとき、他に適当な手段がない場合に必要最小限度で認めるということだ。必要最小限度をいくら緩めても、我が国への直接攻撃がなければ武力行使はできない」と警鐘を鳴らしている。「立憲主義を壊してはならない、憲法違反の法律を成立させてはならない」と。まさに、国の根幹に関わる問題ということだ。
極めて良識派の勇気ある議員が自民党にいると救われる気もするが、安倍政権は、よくよく考えて安保法制を再検証すべきだ。
自民党総裁を務めた河野洋平元衆院議長も「政府は一度法案を引っ込め、再検討したほうがいい」と提起する。
これだけの重要案件、そして、法案根拠への不信と懸念の声が与野党をこえて出ている中で、聞く耳を持てなくなったら、一国の総理として失格だろう。

安保法制見直しの法案提出時の記者会見で、安倍総理は北朝鮮の弾道ミサイルが日本の大半を射程に入れている、日本人が海外でテロの犠牲になっている、スクランブル発進回数が10年前に比べ7倍になっているとし、切れ目ない安保法制の必要と法案の理解を国民に呼びかけた。
しかし、その要因より、現実には機雷掃海や米軍の後方支援活動の在り方、米上下両院合同会議で「この夏までに安保法制を成就させる」と演説してきたことへの事実上の公約に対する約束優先のような姿勢がちらついてならない。
数の力で安保法案は今国会の会期を延長し年内には成立させることになる。最後は強行採決になる可能性も否定できない。
 
我が国国民の生命・財産を守る責任が政府にはあるという名目で成立させ、米国が超党派で20年来期待しているという日本における集団的自衛権行使の解禁を実現し、9月の自民党総裁選で総裁ポストに再び就いた後、安倍総理は、安保法制の強引な手法への批判をかわすためと野党勢力の結集をみるまでに、来夏の参議院選挙を待つまでもなく「解散総選挙」の可能性すら否定できない。
安倍総理独特の手法だが、争点を別に掲げて戦い、過半数を維持できれば、安保法制見直しも国民から支持を得た。選挙で国民の信任を得たとその後の野党の追及には正々堂々、答弁することになろう。

時の政府の思いによって憲法9条(戦争の放棄)を有名無実化する違憲法案を正当化するようなことを許してはいけない。
集団的自衛権行使を容認する安保法制が本当に必要なら、憲法改正を行ってすべきことはいうまでもない。
野党は一致結束し、安保法案の再検討を政府に迫ることが必要だ。 
(編集担当:森高龍二)

             ( EconomicNews 2015年06月13日 11:27  配信 )


                   


以下 6月19日追記


集団的自衛権行使容認の具体例として挙げた「アメリカ艦隊による邦人輸送の護衛」。
米艦隊の邦人輸送自体はほぼありえないハリウッド映画もどきの絵空事だということが判明したのはちょうど今から1年前。
こちらの事例も・・・?!


「安保法案でのホルムズ海峡機雷除去 想定自体現実にあり得ず」  
                     2015.06.04 07:00 配信

http://www.news-postseven.com/archives/20150604_326445.html

安倍首相が他国領域での集団的自衛権の行使について、「例外」のひとつとして挙げているのがホルムズ海峡での機雷除去活動だ(その他「米艦防護」に含みを持たせ、内閣法制局長官は「敵基地攻撃」にも言及した)。イランがペルシャ湾口のホルムズ海峡を機雷で封鎖する事態になれば、日本は中東からの石油運搬ルートを断たれる。それは安全保障上の重大事態だから、米国との集団的自衛権を行使して海自による機雷除去の掃海活動が必要になるという論理である。

しかし、早稲田大学法学部の水島朝穂教授はこの想定自体が現実にはあり得ないと指摘する。
「ホルムズ海峡はイランとオマーンの間で最狭部は幅約30キロ。両国が主張する領海が重なり、公海はない。この海峡を通る世界のタンカーの9割は中間線よりオマーン側の航路を通る。イランが海峡を封鎖するなら、オマーン領海にも機雷を敷設しなければならない。相手国領海への機雷敷設は戦闘行為そのもので、イランはオマーンに宣戦布告することになる。しかしオマーンはイランの友好国だから、機雷を敷設するという想定自体が非現実的だ」

それだけではない。
「仮に機雷が敷設された場合でも、戦争状態での機雷除去は軍事行動になる。それを自衛隊が行なうとすれば、日米の集団的自衛権に基づくものではない。これは『集団的自衛権は米国が相手』としてきた政府の説明と矛盾する」(同前)

それでも安倍首相がホルムズ海峡を持ち出したのは、「石油が断たれたら大変なことになる」と危機を煽れば国民も認めるだろうという発想なのだ。

(週刊ポスト2015年6月12日号) 

   



もう一つだけ記事を引用。


「自衛隊機の緊急発進急増も嘘…まるで“サイコパス”安倍首相の安保法制会見の詐術を検証」

http://lite-ra.com/2015/05/post-1098.html


平然と嘘をつき、罪悪感が皆無で、自分の行動の責任をとる気が一切ない――。
これは反社会的人格・サイコパスの特徴らしいが、もしかしたら、この男こそ典型ではないのか。
そんな恐怖を覚えたのが、5月14日の安倍首相の記者会見だった。

「アメリカの戦争に巻き込まれるのではないか? 漠然とした不安をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。その不安をお持ちの方に、ここで、はっきりと申し上げます。そのようなことは絶対にありません」 「ですから『戦争法案』などといった無責任なレッテル貼りはまったくの誤りであります」
閣議決定した安保法制関連11法案について、安倍はこんな台詞を吐いたのだ。

改めて断言しておくが、今回の安保法制は明らかにアメリカの戦争に日本が協力するための法整備である。

まず、「自衛隊法」と「武力攻撃事態対処法」の改正では、日本が直接攻められたときに限っていた防衛出動を「密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合にも拡大。武器の防護についても、自衛隊は米軍や他国の軍隊の武器を防護できるように変更される。これでなぜ、「アメリカの戦争に巻き込まれることなど絶対ない」と言い切れるのか。

そもそも、ついこの間、この男は米議会の演説で、「この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう」「今申し上げた法整備を前提として、日米がその持てる力をよく合わせられるようにする仕組みができました。一層確実な平和を築くのに必要な枠組みです」と、アメリカの戦争への全面協力ができる体制をつくることを宣言したばかりではないか。アメリカには戦争に協力しますよ、と言いながら、日本ではアメリカに巻き込まれることはない、日本を守るためだ、と嘘をつく。まさに、二枚舌としか言いようがない。

また、安倍は会見で「『海外派兵が一般に許されない』という従来からの原則も変わりません。(略)そのことも明確にしておきたいと思います」と断言していたが、今回の法改正では、「周辺事態法」が「重要影響事態安全確保法」に改められ、これまで「日本周辺」と定めていた地理的制約が外される。いわゆる“地球の裏側まで”自衛隊派遣が可能になるのだ。

しかも、後方支援の対象は米軍以外の外国軍にも広げられ、派遣については国連決議も必要でなく、国会の手続きも緊急時は事後承認を認めている。また、新設される「国際平和支援法」では、国会の事前承認があれば自衛隊をいつでも海外に派遣できるようになるし、国連決議も必要としない。これで「従来からの原則は変わりません」と言い切るのだから、厚顔としかいいようがない。

さらに驚いたのは、「いずれの活動においても武力の行使は決して行いません」「あくまでも紛争予防、人道、復興支援。燃料や食料の補給など、わが国が得意とする分野で国際社会と手を携えてまいります」などと言っていたことだ。 

もちろんこれも真っ赤な嘘である。今回の自衛隊法改正では、米軍やその他の国の軍隊への弾薬提供、戦闘機への給油活動も認められるようになり、自衛隊は明らかに武力行使に関与するようになる。安倍は会見でその事実を意図的に伏せたのだ。

こうした嘘、まやかしは、集団的自衛権と安保法制がなぜ必要なのか、という説明でも用いられていた。安倍首相は会見の冒頭で、

・アルジェリア、シリア、チュニジアで日本人がテロの対象となった。
・北朝鮮が数百発の弾道ミサイルと核兵器を開発している。
・自衛隊機の緊急発進(スクランブル)の回数が10年前と比べて実に7倍になっている。

の3点をあげ、「これが現実です。私たちはこの厳しい現実から目をそむけることはできません」と、言いきった。

だが、冷静に考えてみて欲しい。アルジェリアやシリア、チュニジアで起きたテロは自衛隊で防げるのか?
以前、本サイトでも報じたとおり、自衛隊の機関紙「朝雲」ですら、自衛隊による人質救出は非現実的で無責任と批判している。次にあげた北朝鮮のミサイル開発も集団的自衛権や今回の法改正とはなんの関係もない。個別的自衛権で対応できる案件だ。さらに、「自衛隊機の緊急発進(スクランブル)の回数が10年前と比べて7倍」というのは完全なまやかしだ。たしかに、2014年のスクランブル回数は943回で2004年の141回の7倍弱。しかし、それはもっとも少ない年と比較しているだけで、1980年から1990年代はじめまでは常に毎年600回から900回のスクランブルがあった。その後、2000年代に100回から300回に減少していたのが、2013年に突如、急増。24年ぶりに800 回台をマークしたのだ。これはむしろ、安倍政権になって無理矢理スクランブルを増やしただけだろう。実際、2013年も2014年も増えているのはスクランブルだけで、領空侵犯されたケースはゼロである。

また、安倍はもうひとつ、よく口にする詐術のレトリックを用いていた。日本近海で日本のために警戒監視任務に当たっている米軍が攻撃を受けても、自衛隊は何もしない、海外の紛争地帯から邦人が米軍の船で避難する途中で他国から攻撃を受けても自衛隊は助けに行けない、「本当にこれでよいのでしょうか?」、というヤツだ。

佐藤優も指摘していたが、そもそも日本近海で米軍が攻撃を受ける、日本人救出のために米軍が船を出すという状況は、すでに戦争状態に突入しているということであり、明らかに現行法、個別的自衛権で対応が可能なのだ。これについてはさんざん批判を受けているのに、今も平気で、集団的自衛権、安保法性改正の根拠にするというのはいったいどういう神経をしているのだろうか。

しかし、安倍のスゴイところは、こうしたウソを平気でつけるところなのだ。ありもしない脅威を煽り、集団的自衛権とは関係のない案件を引き合いに出して、国民を騙そうとする。集団的自衛権については、いわゆる新3原則で「厳格な歯止めをかけ」「極めて限定的に」行使できるようにしたと胸を張るが、この新3原則のトップにある「日本の存立が根底から覆される事態」がどういう事態なのかの説明は一切ない。そして「アメリカの戦争に巻き込まれることはない」と断言した根拠は、日米の合意の中に「日本が武力を行使するのは日本を守るため」と明記されているからというのだから、ほとんど笑い話だ。

だが、その安倍が一瞬だけ本音をのぞかせたことがあった。それは質疑応答で、自衛隊員のリスク増加について聞かれたときの発言だ。安倍は「自衛隊発足以来、今までにも1800名の方々が、様々な任務等で殉職をされております」「自衛隊員は自ら志願し、危険を顧みず、職務を完遂することを宣誓したプロフェッショナルとして、誇りをもって仕事にあたっています」と発言したのだ。戦争派遣と災害救助での殉職を同列に並べるのも酷い話だが、それ以上に、安倍が「自衛隊員だったら死ぬのは覚悟の上」と考えていることがよくわかる。

実際、この安保法制が可決され、集団的自衛権が発動されるようになれば、自衛隊から戦死者が続出する事態になるだろう。戦闘行為に参加しないというが、実際の戦争ではむしろ、補給路を断つために後方支援の部隊を攻撃するのが常で、後方支援部隊の犠牲者の方が圧倒的に多いのだ。しかも、自衛隊はこれで近いうちにもっとも危険な中東に派兵されることになる。安倍は今回の会見では「ISILに関しましては、我々が後方支援をするということはありません」と語っていたが、こんなものは嘘っぱちだ。昨年7月の閣議決定では、「中東やインド洋も事態が発生する地域から排除できない」としているし、自民党の高村正彦副総裁もNHKの番組で「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態は世界中どこでもありうる」と述べている。安倍自身も中東のホルムズ海峡が機雷で封鎖されるといった程度のケースを「日本の存立が根底から覆される事態」と言及してきた。ようは、時の政権の判断でどうにでもなるのだ。

かけてもいいが、イスラム国との戦争が長引けば、必ず自衛隊が投入される事態がやってくる。そして、この戦争で自衛隊員の戦死者が続出した次は、日本の民間人がテロの対象となり、日本国内でもテロが頻発するようになる。しかし、どんな事態になったとしても、安倍首相は絶対に責任をとろうとはしないだろう。むしろ、嬉々として「日本の自衛隊員の尊い死を無駄にするな」「テロは許せない。絶対に報復する」と戦争をエスカレートさせる口実に使うはずだ。

この“サイコパス”政権の暴走を止める方法はないのだろうか。 (野尻民夫) 

   2015.05.15. リテラ



2つ目の記事は、断定や特定の思い込みによる記述や表現が多くみられ少々乱暴な感も否めませんが、それでも我々が安全保障法制改正を真剣に考える為のいくつかの材料を提示してくれていると思います。


まとめ。

①今本当に安全保障政策の大転換をしなければならないのか
   (本当に現行で対応できないのか)。
②大転換を行うならば、現行憲法のまま、改憲しなくてもその変更が可能なのか。
③安全保障法制の改正は安倍首相に全権白紙委任してもいいような問題なのか。


国民は現実から目をそらすことなく真摯に向き合い考え、
未来をどうしていくのかをひとりひとりが責任を持って意見を持つことが大事です。
そしてそのさまざまな意見が吸い上げられ丁寧に慎重に議論され1つに集約され、
国の施策にきっちりと反映されていくことが、本来あるべき姿であると思います。

国家の在り方が180度転換されるかもしれない重大なことに対して、国民の意見を聞かずして、時の為政者の一存で独断に事を進めていくことは決して好ましいことではないはずです。


ということで、随分長くなりました。

ここでこの記事は終了とさせていただきます。









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