まことか、うそか、あること、ないこと、てきとうに。話半分でご覧ください。 
2017年06月15日 (木) | 編集 |
「「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法」(面倒くさいので以後「共謀罪のような法」と略)が参院本会議で可決されました。
委員会採決を経ずに本会議で採決を行うという、まぁ誰がなんと言おうと「強行採決以外の何物でもない」結果でしたね。


「民主主義=多数決」ではないということは前にも書きました。
多数決は決定するための手段であって、民主主義のすべてではありません。
少数派や意見の異なる人たちとじっくり丁寧な議論をし理解を求める努力をすることが多数決を実施するための前提となる必要絶対条件なのですが、それは言い換えれば民主主義の必要絶対条件でもあるわけです。
「民主主義は時間がかかる」といわれる所以はここにあるわけで、「〇〇時間も審議したからもういいだろう」とか「時間を区切る」という考え方は、民主主義とは相反する考え方です。

仮に、審議時間を理由にすることを百歩譲って認めたとしても、すっからかんな内容の、議論したかのような時間は、それが何十時間、何百時間、いや何千時間やったところで、それは審議するための時間がこれだけあったというだけであって、内容を精査し議論し尽くした時間ではありません。
時間の浪費以外の何物でもありません。
きちんとした内容を伴った時間でなければ、「審議時間〇〇時間」を理由にすることはできないのです。

これはもちろんくだらない批判に終始し、まったく内容を精査しようとせず、問題点をあぶり出そうとせず、議論を深めようとしない野党側に多大なる責任があります。
質問疑問に真摯に対応せずしっかりとした答弁を行わない政府・与党には、もっと重大な責任があります。
でもそれを十分承知の上でも、与党側の「これ以上議論しても内容が深まらないので採決に踏み切った」などという理由は、ありえませんし、許すことができません。
議論を、時間を理由に打ち切るということは、異なる意見や疑問を持つ者との合意形成を図る努力を放棄しているわけで、民主主義の基本の基を真っ向から否定していることに他ならないからです。
「時間ありき」ではなく、内容が深まっていくように真摯に丁寧にじっくりと何度でも説明し理解してもらう努力を、絶対にあきらめてはいけない、これが民主主義のルールなのです。




・・・とここまで書いてきて、「あ、そうか、だからなのか!」とわかったことがあります。



選挙のたびに掲げる経済再生の大看板の元で、実際に安倍首相が実施してきた政策といえば、権力が己の都合の悪い情報を特定秘密に指定し公開を拒むことができる特定秘密保護法であり、国民一人ひとりを監視できるようにするためのマイナンバー制度であり、そして権力にとって都合の悪い言論・表現をこじつけの屁理屈で合法的に弾圧でき、己に都合の悪い人物や勢力を合法的に社会から抹殺できる「共謀罪のような法」でした。


そして安倍首相はその仕上げとして、憲法改正を目指します。


9条全文改正ではなく第3項加憲による今更ながらの自衛隊の明文化は、公明党への配慮であり、法律でいかようにでもなる教育無償化を憲法にわざわざ明文化するのは、維新からの支持を取り付けるためでしょう。

しかもこの2つは、国民からの理解や賛同も得やすく、改憲に対する国民の意識のハードルを下げようとする、いわば「撒き餌」。

でも、安倍首相の本当の狙いは、一番注目されていない第三の改憲条項、「緊急事態条項の設立」です。
簡単にいうとこれは、緊急事態が生じた際、首相が緊急事態を宣言し、その際、首相が国家の大権を一手に掌握し行使することができるという内容であり、しかもその事象が緊急事態なのか否なのか、緊急事態が終結したかの判断は、その首相の判断に委ねられている、という、なんともおそろしい条項なのです。



おわかりですか?


一つ一つの政策を個別に見てみると気が付かなかったかもしれませんが、この数々の政策をひとつの流れの中でとらえてみると、安倍首相が日本をどういう国にしたいのか、ということがクリアに見えてこないでしょうか?


時の為政者の己の悪巧みに関する情報は特定秘密に指定し一切公開せず、その一方で国民一人ひとりに番号をつけてその動向を丸裸にして監視できるようにし、合法的に権力がその国民一人ひとりの個人情報を好き勝手に調べ上げられるようにし、反権力的な言動をしたり、そういう考えをただ持っているだけの個人や勢力を難癖やいちゃもんつけて好き勝手に捕まえることができる。
そして平時だったとしても、時の為政者が今は緊急事態だと勝手に判断すれば、国家権力を一手に掌握し、自由自在に無制限に行使できるようになり、しかもそれを無期限化することも可能となる。



基本的人権を守るために、国権が暴走や弾圧できぬように縛る



これが日本国憲法であり、その考えに基づいてここまで70年間歩んできたのが今の日本の姿ですが、安倍首相が推し進める政策は、


国権を拡大・強化し、基本的人権を好きなように制約し、統制する


ことを合法化しようとする政策なのです。


国権を拡大・強化し、人権を縛ることを目指している政権が、基本的人権を尊重することが必要絶対条件である民主主義のルールを守るはずがありませんよね。
民主主義ではない日本を具現化するために、一生懸命なんですから。


そういう思惑にまみれた政策を実行していくための様々な法律が、その立法過程の審議において、ほぼ間違いなく毎度毎度「日本国憲法との整合性がとれていない、憲法違反にあたるのではないか?」という問題提起がなされるのは、そういう理由があるからです。

そしてその問題提起に対して、「我々の法律は正しい、だって私は総理大臣なんですから。」という類の、答弁にならぬ答弁をするんですね。



なるほどね。

安倍首相がこれまでやってきたことを冷静に分析すれば、真摯かつ丁寧な答弁や説明などするはずも無いし、するつもりもないことは明々白々。

妙に納得いたしました。






基本的人権が国権に制約され統制下におかれることを「良し」とお考えになられる方々は、安倍首相を支持してください。
それは憲法で保障されている思想・信条の自由ですから、それはそれで結構なことだと思います。
様々な意見、様々な価値観、様々な主義・主張が社会の中で存立している、それがあるべき社会の姿だと確信しているからです。
ゆえに私はそういう考えの方々を否定するつもりも無いし、その考えそのものも否定するつもりもありません。

でも私は、国権により基本的人権が抑圧されることは絶対に嫌ですし、私の息子達が生きていくであろう将来の日本が、そのような国に変容してゆくことは絶対に受け入れることができません。

国家第一主義的考えをもち、聞く耳持たずに着々とその考えを実行に移しつつある人を、このまま行政府の長の職に就かしておいていいんでしょうかね。


安倍首相を、私は、支持できません。



ということで、法案の内容が精査されることも、徹底的な議論がなされることもなく、対象となるモノ・人・団体の定義やその適用範囲が曖昧模糊で穴だらけのままの「共謀罪のような法」が衆参両院で可決されてしまった以上、公権力がその法を好き勝手に拡大解釈し、恣意的に運用するような未来が、近い将来、必ずや日本を覆い尽くすことは間違いないでしょう。

だって、そうしたいがために作られ、それを合法化することを目的に作られた法律なんですから。



ただし、法の不遡及。

法の効力はその法の施行時以前に遡って適用されないのが大原則でありますので、「法の支配」というお言葉が大好きな安倍首相のそのお言葉を信じるならば、まだ施行前のこの段階でいくらあーだこーだ安倍首相批判しても、「共謀罪のような法」でしょっ引かれることはないはずです。

ま、安倍首相が「法の支配」という言葉の本当の意味を知っているかは、はなはだ疑問ですが・・・(笑)
(法の支配とは、ものすごく簡単に言うと、「すべての国家作用は法規範に従わなければならないという原則」のことです。もう少し詳しく言うと、「国民に対する国家権力の専断的な支配を排除するための法(憲法)を制定し、権力をその法で拘束することで、国民の権利・自由を守ることを目的とする原理・原則」ということです。安倍首相はこれまで真逆のことしかしてませんよね。安倍首相が「法の支配」という言葉を用いている場面を見るたび、冷笑してしまいます。)



安倍首相のやり方が気に食わない人たちは、今のうちに思いの丈をぶちかましておいたほうがいいですよ。


施行後、監視対象になるかもしれませんけどね。(笑)










ポチッとしていただけると嬉しいです。

   ↓       

にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村







2017年06月10日 (土) | 編集 |
どうも。

三流亭まん丸でございます。


最近、「お笑い」を書く気がおきないんですよ。
気が乗らないというか、気が重いというか、
他に思うところあって、そちらに気が向かないというか・・・。

ということで、とりとめもなく、
思ってることを吐露してみようと思います。



「いじめ」は恐喝・暴行というれっきとした犯罪行為ですから、
「いじめ」なんていうオブラートに包んで
本質から目をそらすような言葉を使いたくはないのですが、
たとえばその「いじめ」。
いじめた側が「いじめをしていない」といくら弁明したところで、
いじめられた側が「いじめられた」と思ったならば、
そりゃやっぱり、いじめととられるような言動は何かしらあったんでしょ、
ってことですよねぇ。

「圧力」も同じ。

とある事実をめぐっての圧力の有無について、
異なる立場の双方の主張が食い違うことは多々あります。
でもですよ、そもそも圧力っていうものは
依頼される側が感じるものではないですかね。
依頼する側がいくら「圧力はかけてない」といったところで、
依頼される側が「圧力があった」と感じていたなら、
そりゃ結果的に圧力ととられるような行いが何かしらあったんでしょ、
ってことですよねぇ。

力関係上位にある者が下位の者に対して、
立場上強い者が弱い者に対して、何かを依頼するときは、
公共の福祉(「公共の福祉」であって、「公の秩序」ではありません。
「公の秩序」は時の権力者が勝手に定めるもの。
「公共の福祉」とは人が生まれながらにして持つ基本的人権が
社会生活を営む上で対立しないように調整するためのルールのこと)
に照らし合わせて、必要不可欠な命令でない限り、
それが立場や力関係を背景とした圧力とならないように
細心の配慮を払わなければなりません。
今流行の〇〇ハラスメントにならないようにしなきゃならないってことです。

そして仮に依頼された側がそれを「圧力」と感じ、
そういう指摘があったとするならば、
依頼する側はそこを謙虚に受け止めて反省し、
依頼された側がそう感じる事の無いように、
言動を改めようとしなければなりません。

それが強い立場にある力を持つ者が、
常に肝に銘じておかなければならない大事なこと。

党友・中谷衆院議員がおっしゃった
「あ」せらず、
「い」ばらず、
「う」かれず、
「え」こひいきをせず、
「お」ごらず、
の「あいうえお」、肝に銘じて欲しいものですね。





さて、私事ですが、6月からいろいろ変えてみました。

社会人になってから先月末まで、
テレビといえばほぼNHKのニュースしか見なかったんですけど、
「おはようニッポン」や「ニュース7」、「ニュースウォッチ9」等、
NHKのニュース番組を視聴するのをやめました。
和久田アナ、小郷アナ、鈴木アナ、桑子アナの
お美しいお姿が拝見できなくなるのは非常に残念ではありますが・・・。
ここのところ取り上げるニュース項目の偏りがひどいなぁ
と感じたためです。 


そして、生まれてから先月末まで、
新聞といえば読売新聞しか読まなかったんですけど、
読売新聞をとるのやめました。
コボちゃん、猫ピッチャーが読めなくなるのは、
非常に残念ではありますが・・・。
「メディアは権力と一定の距離を置いて、
その動きをチェックし監視するのが役目である以上、
権力に批判的な視点で記事を書かなければならない」
が私の持論ですので、
安倍首相の「読売新聞を熟読しろ」発言で、
「御用新聞」に成り下がった読売新聞は読むに値しないと思ったため、
新聞配達のお兄ちゃんに購読中止をお願いいたしました。
お兄ちゃん、顔面蒼白になってましたね。
申し訳ない。


今は毎朝5時30分に近所のコンビ二へ行き、
産経・朝日・毎日・日経・東京の5紙を購入し、
「おはようニッポン」を見ていた時間に、
その読み比べをしています。

政権擁護派なのが、産経・(読売)、
真ん中のスタンスが、毎日・日経、
政権に対してガツガツ物言いしているのが、東京・朝日 
っていう感じですかね。(個人的な印象ですけど)

やっぱりね、いろいろな伝え方に触れることは大切ですねぇ。
一局視聴、一紙購読では気が付かなかったような様々な見方があり
様々な意見や見解があることがよくわかりました。
1つのニュースを多角的に見る(判断する)目が
養われてきたように思います。



ただね、毎朝5紙も買うと、非常にお金がかかるんですよ。
いろいろ変えては見たものの、
小遣いの額は変わってないもんで・・・。(苦笑)

ここはひとつ、我が家周辺を
「新聞販売・国家戦略特区」に指定していただき、
新聞をタダで読めるように・・・、と思いましたが、
私、官邸の最高レベルとは腹心の友でもなんでもないため、
あきらめることにします。

ま、仮にもし新聞特区になったとしても
読売と産経しか売ってなかったりしてね。(笑)









ポチッとしていただけると嬉しいです。

   ↓       

にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村






2017年06月04日 (日) | 編集 |
どうも

三流亭まん丸でございます。


また政治の話ですよ。
このブログに、政治の内容を求めてない方は
ここで読むのをお止めになってくださいね。

はっきりいって、つまらないですから。



では、始めます。



野党が前川氏の証人喚問と集中審議を求めたことに対し、
自民の竹下亘国対委員長は証人喚問を拒否し
「話としては面白いが、政治の本質に何の関係もない」
とコメントしたそうな。

ほほう、政治の本質に何ら関係ないと申したか。
では、そなたに聞こう。
政治の本質とは一体何ぞや?

「自分の欲望と他人の欲望の調整。」

大学等で学ぶ政治学、
その基本の「基」はその通りだが
「政治の本質」はそこじゃない。

憲法前文をよく読んでほしい。
「国政は、国民からの厳粛な信託によるもの」
と、明記されているではないか。

欲望の調整を図る特別な権限を与えられた者が
備えていなければならない必要絶対条件は、
その人を選んだ人達からの信用と信頼。

つまり、政治の本質とは、

国民からの信用と信頼

以外の何物でもない。


様々な疑惑が生じ、それに対して真摯に答えない。
その結果、政治に対しての不信感・失望感、
絶望感までもが生まれているこの状況は
政治の本質の危機ではないのか?

そう思わないのなら、
竹下さん、あなた、政治家やめたほうがいい。
政治に関わる資格は無い。




権力を持つ者のある特定のひとつの考え方だけが良しとされ
他者の意見を真摯に聞こうともせず
他の選択肢をまったく俎上にあげることもせず、
数に物言わせて自己欲望の実現だけに突っ走り、
数の力で次々と強引に決められていく。
今現在の政治はもはや民主主義とはいえない。

独裁だ。

民主主義とは何ぞやを
一から勉強し直していただきたい。


だいたい
「民主主義=多数決」だと
勘違いしているのではないか?

多数決はあくまでも決断を下すための手段であり
主義主張・言論の封殺や、価値観を抑圧するための策ではないのだ。

民族・宗教・文化・価値観、地理・所得格差といった要因による少数派、
単に選挙で敗れた少数派であっても、
基本的人権(言論、表現、宗教、信仰、信条、思想、結社等の自由)
は保障され、享受できなければならない。
多数派は、多数派であることを理由に、
少数派の基本的な権利と自由を抑圧し、
取り上げてはならないのだ。
それが民主主義の
絶対に守られなければならないルールだ。

少数派の基本的人権や独自性が保障されることで、
少数派は多数派に抑圧されること無く、
意見や主義主張を自由に発表し、
自由に社会活動に参加できる。
それは社会の多様性を生む。
それは社会を豊かにし、強くすることに他ならない。
単一素材で作られた糸はどんなに太く作られたとしても、
様々な素材が複雑にからみあってよられた糸のほうが、
はるかに強く切れにくいのと同じことだ。

多数派は
異なる価値観や意見、主義主張、文化等を持つ少数派が、
その独自性を保ちながら存在し様々な多様性が共存する社会、
それこそが民主主義であることを認識しなければならない。
そのためには多数派が少数派に対して寛容であり、
ある程度の譲歩をしなければならないのだ。

そして少数派は、多数派ではないことを認識しなければならない。
多数派の持つ価値観が主流を占める社会の中では
ある程度の忍耐と我慢をしなければならないことを
受け入れなければならない。

この、多数派の譲歩、少数派の忍耐、
この2つの方向から
1つの妥協点を見出すための努力を続けていくこと、
相手を尊重しあいながら合意に至るまでの徹底的な議論、
合意形成するための手段としての議論という過程が、
民主主義には絶対必要不可欠なのだ。

それが民主主義の政治だ。

多数派が少数派を尊重しながら徹底的な議論を重ねる。
議論により導き出されたその妥協点を
採決するための手段として多数決の原理にはかり、
可決された場合に限り社会としての規範・ルールとして定める。
この過程を経ない政治は、民主主義とはいえない。

だが、多数派である現政権は
少数派からの意見や指摘、批判や疑問に対して、
何を問われても
「まったく問題ない」 
「そのような指摘はまったく当たらない」
「その必要は無い」
という答えにもならないような答えしかしない。

このような、相手の質問や疑問の内容に対して、
小ばかにしたような決まり文句をただひたすら繰り返し、
なぜそうではないという見解なのか、
その根拠をまったく示さない、
中身をまったく伴わない返答しかしないという答え方は、
結果としてそこで議論を遮断してしまう。

「ここが問題だと思うんだが・・・」に対し
「〇〇という根拠があるので問題は無いと考える」ならば
「だが〇〇には・・・」と議論が続いていくが、
「ここが問題だと思うんだが・・・」に対し
「問題など存在していない」では
「いや、ここが問題だと思うんだが・・・」
「いや、問題は存在していない」
「だから、ここが問題だと思うんだけど・・・」
「だから、問題など存在していない」
と、堂々巡りが延々と繰り返されるだけだ。

これではやり取りが成り立たない、
すなわち議論にならない。

お前らと議論するつもりはまったく無い、
お前らとはまともに付き合うつもりは無い、
お前らに真摯に向き合うつもりがない、
と、公言しているようなものだ。

これは多数派が、
公の場で、公のコメントとして
少数派を完全にバカにし
見下しているのと同じことだ。

多数派が、
自らと意が異なる少数派と議論することを放棄し
自らの意を実現するために多数決の原理だけで
モノを決めていくという、
民主的過程を経ない今の日本は 
民主主義とはまったくいえない。

民主主義の名をかりた
独裁政治が行われている。

現政権は極めて異常だ。



有権者の皆さん、
厳粛な自らの一票を託そうとしているその人は
あなたの意思を国政に反映させることができる人物なのか
本当に信用、信頼してもよい人物なのか、
今一度しっかり検討していただきたい。


私は、今の日本の国政を担う方々は
勉強不足で信用・信頼できない人が
あまりに多すぎると思っている。
わけのわからない永田町の論理こそ
政治のすべてだと思い込んでいる方々だからだ。
そんな方々に
国民の意を汲み取り、国民の意を反映した、
国民のための政治ができるわけがない。

なんだったら、そんな方々に
私が「政治学」を一から教えてやってもいいのだが
ほぼ100%こう言われるのがオチだろう。


「その必要はまったく無い」








あんまりランキングを気にしてないんですけど
こういう内容の記事を書くと
ランキングが急落するんですよねぇ。(笑)











ポチッとしていただけると嬉しいです。

   ↓       

にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村






2017年05月26日 (金) | 編集 |
どうも。

三流亭まん丸でございます。


もうすぐ6月です。
梅雨です。
食べ物が腐敗しやすくなります。

「おう、なんで食べ物が腐敗するのか知ってるか?」
「気温と湿度が高いからだろう?」
「違うよ、早く食わねぇからだよ。」

十分にお気をつけくださいませ。




さて。

こういうつまらないことをしょっちゅう書くのは、甚だ不本意なんです。
本当は面白おかしく「あっはっは!」と笑える記事を書きたいんです。
でもね、こういうのは見過ごせないんです。
私達だけでなく、日本の将来を担う子ども達、孫達のためにも
見逃すわけにはいかないんです。



権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する。 

               ジョン・アクトン




森友にしても加計にしても、同じ図式。
権力者がその力を利用して
特定の団体に便宜を図ったのではないか?
という疑惑。

直接的に働きかけたのか、
「よろしく頼むよ」と暗に圧力を掛けたのか、
権力者に対して周辺の者が勝手に忖度したのか、
そこははっきりしませんが、
少なくとも首相周囲で、
立て続けに同じような疑惑が生じたという事実。

ウソかもしれませんが相手方の生々しい証言があったり、
真偽の程はわからないものの
証拠になりえるかもしれない文書等があるにもかかわらず、
その疑惑に真正面から誠意をもって真摯に答えようとせず
「知らぬ、存ぜぬ、関係ない、でっち上げだ」の一点張りで、
はぐらかしたり、小ばかにしたり、ムキになって声を荒げたり。

挙句の果てには、証言した相手に対して
「あてにならない奴だから言ってることもあてにならない」
と人格否定に近い筋違いの批判を行い、
好意的な立場をとるメディア(ここ最近は読売新聞)を利用して、
その相手に対するレッテル張りと印象操作を徹底的に行う。

あなた方こそ、すすんでレッテル張りや印象操作をしているじゃないですか。


「あてにならない奴だから言ってることもあてにならない」は
証言や文書に対する疑問や質問に対する答えになってない。

小学校の学級委員長が裏でこそこそ何かしているらしい。
それに気がついた悪がきA君が、
いくつかの証拠らしきものを手に
学級会で委員長のその悪だくみを指摘する。
学級委員長は、
その証拠らしきものを一切無視し、
声を荒げててこう言い放った。
「Aは悪がきだろ。Aの言うことなんて信用できない!」

あなた方の言い草は、小学校の学級会レベルだ。
日本の国政を担っている以上、学級会では困る。



首相。

あなたの周囲で同じようなことが立て続けに起き
そういう疑惑の目を向けられるのは、
すべてはあなたご自身のこれまでの言動、
あなたご自身がまいた種によるものです。

まかぬ種は生えぬ、
打たぬ鐘はならぬ、
火のないところに煙は立たぬ、
のです。

もし、仮に、まいていなかったとしても
1つならともかく、同じような疑惑が時期をあけずに
こう立て続けに取り沙汰されるということは、
それなりの何かが、
そういう疑惑が生じる構造や仕組みが、
そこに存在しているということに他なりません。

そこにズブズブに浸かってしまって、
ご自身でそれにまったく気がつかないようでは
もはやそれは権力が腐敗し始めている何よりの証拠、
そうではありませんか?




提示された指摘や生じた疑惑に対して
真摯に耳を傾け、己のこれまでの言動を省みて、
今後そうならぬように己を律するどころか、
無視し、逆ギレし、小ばかにし、
追い詰められると指摘した相手の人格否定まで行う。
そんな裸の王様ならぬ裸のアベ様を
いつまでも担ぎ上げている議員の皆さん。

特に自民党員の皆さん。

このままでいいんですか?

自己の地位や立場を守るために、
己の政治理念や信条、矜持を捨ててまで
こんな疑惑にまみれたリーダーを
いつまでも担ぎ上げ続けていていいんですか?

そんなリーダーを担ぎ上げ続け、
頼り続けなければならないほど
あなた方はそんなに無能なのですか?

恥ずかしくないのですか?

情けなくないですか?


こんな独りよがりで疑惑まみれの安倍首相ではダメだ。
我こそ日本の舵取りを行い、日本の将来を担ってみせる!

そういう気概を持つ自民党員の方はいないのですか?



多数に追随するな。
自分自身で決断せよ。
そして人々をも納得させ、リードしていけ。

      マーガレット・サッチャー




ひとりひとりが、
己の良心と信念にしたがって行動すれば、
必ずや政治は動き、政治は変わります。

気概と矜持をまだ忘れていないなら、
今こそ、起つ時ではありませんか?!



三角大福戦争時代なら、
内閣が2つ、3つ吹っ飛んでもまったくおかしくないような
異様な事態が続出しているというのに、
いまだ党内から批判や異論がまったく出てこないというのも
異様な事態ではないですか。

党内で様々な意見が尊重され自由闊達な議論が行われていた。
党内野党ともいうべき非主流派が主流派の行き過ぎをけん制していた。
そういう自民党だからこそ、戦後50年にわたって
日本を見事に舵取りしてこれたわけで、
今の自民党は、名前こそ同じであれ、中身はまったく非なるものに
変容してしまっています。

これだけ安倍首相のやりたい放題・好き放題に苦言を呈したり
歯止めをかける言動を起こせないような議員ばかりの自民党は、
もはや機能不全、もう腐敗しているとしかいいようがありません。
「腐っても鯛」ではなく、ただの「腐った鯛」です。

もっとしっかりしろ!




我々、有権者も同じことですよ。

本当にこのままでいいんですか?

「他がいないから・・・」

それでもこのリーダーで本当にいいんですか?

現行制度では日本の将来を
このリーダーに全権白紙委任することになりますが
それでも本当にそれでいいんですか?









今後、こういう記事に対して「そうだ!」と迂闊にコメントすると
政府に反逆し転覆を企てる集団(2人以上)とみなされて
国家権力により拘束され処罰を受ける恐れがあります。

食べ物同様、十分にお気をつけくださいませ。









ポチッとしていただけると嬉しいです。

   ↓       

にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村





2017年05月09日 (火) | 編集 |
どうも。

三流亭まん丸でございます。


ちょっといい加減、本当に頭にきたので書きます。

ふざけるな!と、心底立腹いたしまして、その怒りに身を任せて書きますので、文脈等々支離滅裂になるかもしれませんが、そこは乱筆乱文ご容赦ということで。

そして断っておきますが、安倍晋三さんを支持されている方は、ここから先はお読みにならない方がよろしいかと存じます。

書いてある内容は私の個人的な怒りです。
100人いれば100様の考え方があり、主義・主張、意見や価値観の相違が当然ありますので、私のそれをおしつけるつもりは毛頭ありません。
また違う考え方やご意見、主義・主張を持っている方のそれはもちろん尊重しますし、否定するつもりもありませんし、私のそれとの相違について議論を戦わせるつもりも毛頭ありません。

そもそも頭に毛もありません。

ただ、頭に毛は無くとも、怒髪天を衝く、どうしてもこの立腹状態がおさまりません。
お笑いブログですが、ちょっと笑っていられません。
書けば少しはこの腹立ち加減がおさまるかもしれない。
そういう目的で今回の記事を書きますこと、個人のブログということでお許しいただきたいと思います。
そしてかなり長くなりますが、重ねてご容赦のほどを。



もう一度書きます。

安倍晋三さん支持者の方はここで読了、お願いいたします。

では、始めます。








まずは私の憲法に対する考え方を述べておきます。

私は安倍首相の解釈改憲が実施される前までは憲法改正の必要なしと考えておりましたが、あの無茶苦茶こじつけ屁理屈解釈改憲が強行されたことにより、私は時の為政者がこれ以上恣意的な解釈をし悪用できないようにするために、9条に限り、解釈改憲前の解釈・運用をはっきりと明文化し、どこをどう切り取っても歪曲した解釈が一切できないような条文に改憲したほうがいいという考えにかわりました。

安倍首相の解釈改憲前の、第9条の憲法解釈とその運用を明文化するにあたり、重要な3項目は明記しなければなりません。
それは「侵略戦争の永久放棄」、「自衛権の保有と自衛軍の保持」、「海外派兵の厳格な条件」の3つです。
ということで、法律的な言い回しや専門用語は法学者の方におまかせするとして、至らない点はありますが、一応書いてみました。
ネタの虫干し1つ目の READ MORE でも書きましたが、こんな感じに。



第9条 平和主義

第1項

日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての侵略戦争を永久に放棄する。


【解説】
戦争を侵略戦争と自衛戦争の2つにわけ、すべての戦争を放棄するのではなく、侵略戦争の永久放棄を明言する。このことで他国へのいかなる侵略行為を永久に行わないことを明言し、日本の平和主義をより明確に示す。


第2項

ただし他国、他地域、他集団からの不当な侵略攻撃、破壊行為から、国民の生命・財産、領土・領海を守る目的にのみに行使する必要最小限の戦力については、これを放棄しない。


【解説】
侵略戦争はしないが、自衛戦争はすることを明言。 
ISなどのテロ集団のこともあり、「他集団から」の「破壊行為」も規定。
抽象的でいかようにも解釈できる「武力」「実力」などではなく、「守る目的のみに行使する必要最小限の戦力」の保有を明記する。


第3項

前項の目的を達するために、自衛軍を保持する。
その運用規定は別に法で定める。


【解説】
自衛隊の存在を憲法に明記し、合憲化する。


第4項

自衛軍は、第2項の目的を達するための活動のほか、自然災害や事故により国民の生命・財産に危険がおよぶと判断された場合に、それを守るための活動を行う。


【解説】
自衛軍の活動は、非軍事分野にもおよぶことを規定。


第5項

自衛軍は、国際組織からの正式な要請があり、かつ国会によりその要請が承認された場合にのみ、国際社会の治安維持、平和維持に責任を果たすための国外における国際警察活動、非軍事分野の貢献活動に参加できる。


【解説】
ここでいう国際組織とは現在では国際連合のことで、将来国際連合という組織・名称が変わるかもしれないので国際組織としました。有志連合とか同盟関係にある国からの要請だけではダメで、国連安全保障理事会決議による正式な要請があったときのみ。加えて国会の承認がないと海外派遣はできない。この2つの要件を満たさなければならないことで、「時の為政者の腹づもり」という、なんともいい加減な派遣が回避される。


第6項

自衛軍は、国際組織からの正式な要請があった場合でも、国外における国際紛争、地域紛争を解決するのための戦闘を主たる目的とする活動ならびに直接的に戦力を行使するいかなる活動にも参加しない。


【解説】
第5項の補完的条項。国連安保理から正式な要請があったとしても自国が直接に関係していない戦闘が主たる目的の活動には自衛軍は参加しない。第5項で自衛軍の海外派兵は、治安維持のための警察活動と、平和維持のための非軍事的活動に限定される。


第7項

国民は、個人の信条・思想に基づく兵役拒否の権利を有する。国は、国民に兵役を強制してはならない。


【解説】
これ、非常に大事。
国民の権利を、権力側が制限する徴兵制は行わない。


・・・きっちり、誰が読んでもそうとしか解釈できないような条文にしておかないと、とんでもない奴が、とんでもない解釈をして、とんでもないことをやらかしますからね。
現にやらかした奴がいるんですから。





話がちょっとそれましたが、ここからが本題です。

では、これから立腹している内容を書きます。

私は安倍首相の憲法改正に対するやり方が、どうしても許せません。

国民の人権と、国のあり方を規定する最高法規である憲法。
その憲法を改正したいと考えるならばまず、改憲の必要があるのかないのか、まずはそこを国民に諮るべきでしょう。
憲法条文と現代社会とのズレが生じ不都合が生じてきていること、ゆえにその事項に該当する条文を改憲する必要があると、国民に真摯に丁寧に説明する。
その上で選挙を行い、必要がないという意が示されれば、改憲することはできない。
もし国民の理解が得られ必要があるという意が示されれば、憲法審査会や国会審議などで議論を重ね、改正案を取りまとめ、その改正内容でいいかどうかを諮るために国民投票を行い、可決を持って憲法改正を行う。
憲法改正するならば、正々堂々と正攻法で、定められた手続きによって行う。
これがあるべき姿です。

でも安倍首相は、それをしません。

経済を前面に打ち出して選挙を戦い勝利したとたん、国民の信を得たとのうのうとほざいて、押入れの奥から憲法改正を引っ張り出してくるという姑息なやり方。

国民の厳粛な信託によって選ばれた国会議員達の議論によってではない、息のかかったメンバーを集めた第三者有識者会議による結論ありきのとりまとめを根拠に、それまでの戦後なされてきた憲法解釈と運用を180度ひっくり返すような内容を閣議で決めてしまうという、国会軽視もはなはだしい、三権分立・立憲主義を無視する強引で傍若無人なやり方。

これまでの解釈・運用を強引に捻じ曲げ、違憲じゃないのかという声を一切無視して、数にモノを言わせて法整備を推し進める横暴なやり方。

国民が為政者の権力乱用を縛るための憲法を、為政者が都合のいいように解釈して運用してしまうという、立憲主義、法治国家としての存立を危うくする悪しき前例となったことは間違いありません。

とまぁ、ここまででも相当アタマにきてたんですけど。



それが爆発しかかったのは、5月3日のこと。
「日本会議」が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」会場でのビデオ発言と、己に好意的な一メディアの読売新聞紙上に己が目指す改憲内容とその期限を一方的に発表するという、いきなりツイッターでほざくどっかの大統領のような言動をみて。

そしてついに爆発したのは、昨日の国会での、その「読売新聞を熟読しろ」というなんとも乱暴で雑な答弁で。


ふざけるな! 


改憲については読売新聞をお読みくださいって、何だよそれ。
詳しくはWebで、じゃねぇんだよ。

ビデオにしても読売新聞にしても、自民党総裁としての立場での物言いなのはわかります。
自民党総裁であれば憲法改正発議の権限を有する国会議員ですからね。
国務大臣は憲法尊重擁護義務がありますから、内閣総理大臣としては現行憲法を具体的にこういう方向性でいついつまでに改正したいなどと申せば、憲法尊重擁護義務違反ですから問題が生じるわけです。

でもですよ、現実的には自民党総裁=内閣総理大臣=安倍晋三であるわけで、どの立場で発表したとしても、その考えは安倍晋三さんの改憲に対する考えであることに間違いないわけで、改憲するぞ!とぶち上げて、それに対して国会で質問をされて、その答えが「読売新聞を熟読しろ」って、そりゃあんまりにも乱暴すぎやしませんかね。

もうちょっと質問した相手に敬意を払うような答え方があるのではないでしょうかね。

質問したその一人の国会議員は十万人という有権者の支持によって選ばれていることを忘れちゃいませんか? 
十万人の有権者に対して、そんなことは「読売新聞を熟読しろ」って言ってるのと同じなんですよ。
あんまりにも国会を軽視し、国会議員を小馬鹿にしてませんか?
国会を軽視し、国会議員を小馬鹿にするってことはすなわち、国民を小馬鹿にしてるってことですよ。



その発表の中で、改憲の期限を定めたことについて安倍さんは、政党間、国会、憲法審査会での議論を活性化させるため、といってますが、憲法審査会が行われているにもかかわらず、なかなか収斂していかないのは、憲法に対してそれだけ様々な意見や考えがあるということでしょう。
その様々な意見や考えを丁寧にひとつずつ議論しているのであれば、時間がかかるのは当然のこと。
だって、国民の人権と国のあり方を規定する最高法規・憲法なんですからね、慎重にならざるを得ませんよね。

逆に言えばこのことは、憲法の現行条文を大至急改正しないと、国民や国に重大な危機や不利益が及ぶような事態がまだ起こっていない、そういう事態にまだ直面していないといえるのではないでしょうか。

してりゃ、みな「このままじゃやばい」って一致して、黙ってたってどんどん事を運びますって。

そう考えると、いずれは改憲する必要があるとは認識していても、期限を切ってまで、今すぐ早急に憲法を改正しなきゃならない理由が見当たらない。

もちろん、憲法改正する必要なしと考えている有権者の人だっているでしょう。
そういう考えを持つ方たちをバサッと切り捨ててまで、憲法改正を慌てふためいてする必要性って、今、この段階で本当にあるの?ってことですよ。

「もはや、憲法改正する・しないではなく、憲法をどう改正するかだ。その機は熟した。」とおっしゃってますが、安倍さんが一人勝手に、「改憲だ!改憲だ!」って騒ぎ立てるようにしか見えないんですよね。

「憲政史上、憲法改正した初の総理大臣」として、自分の名を残したいだけなんじゃないですか?



北朝鮮?

確かに危うい状態かもしれませんが、メディアが誰かさんの意向の実現に向けて後押しするために忖度しているのかわかりませんが(つまり北の脅威を煽って改憲への機運を高めようっていう魂胆への後方支援)、危機をアホみたいに煽りに煽ってるだけでじゃないでしょうか。

だってね、思い出してみてくださいよ。
そもそもあの国は、毎年4月は、米韓軍事演習への対抗処置と、過去の偉大なる将軍様記念日やら何やらで、ミサイルどんぱちぶっ放しているじゃありませんか。

もし仮に本当にマズイ状態なら、あの国と地続きのお隣の国でですよ、パフォーマンスで踊り狂う大統領選挙なんてやってる場合じゃないでしょ。
それに最も危ないと騒がれていた4月終り頃に、我が国の閣僚達が一斉に外遊なんかに行きませんよ。



憲法の改正発議が唯一認められている国会、その憲法審査会に対して、立法府の長・衆参両院の議長がモノ申すのは許されますが、憲法尊重擁護義務を負うだけで改正発議権限が無い行政府の長・内閣総理大臣が、国会や憲法審査会のやり方に対して「もっと、ちゃっちゃとやれや!」って注文つけたり文句たれたりするのは、筋違いもいいところ。

これが自民党総裁という立場での物言いであったとしても、おかしい。
自民党総裁はあくまでも党内での役職であって、党内では最高責任者かもしれませんが、国会内では一国会議員に過ぎませんからね。
それが自民党員に対して憲法改正について党内議論を活発化させよっていうならともかく、政党間、憲法審査会に対してまでも注文つけるなんてね、一議員としての言動としては僭越な振る舞いでしょう。

だいたいね、議論の進捗状況も踏まえずに、勝手に期限を切るなんていうのは、丁寧な議論をするなって言ってんのと同じことでしょ。

さっきも書きましたけど、2020年新憲法施行なんてぶち上げたのは、ただ自分が「憲政史上、憲法改正した初の総理大臣」として名を残したいだけなんじゃないですか?



そして、読売に載っている改憲内容についても、いろいろ問題あり。

自民党総裁として物申しているとすれば、今までの「我が党は改憲草案を発表している」と事あるごとに主張してきた内容と、あの発表の内容って、違ってませんか?
党内議論を経て作り上げた草案と、地道に議論を積み上げて集約してきた党としての改憲に対する考え方、それとは異なる独自の案をいきなりバーンと発表しちゃって、党として問題ないのでしょうか。
あの発表を前に、あの内容でいくという党内への相談と調整、そして了解はあったんでしょうか。
自民党員の皆さんは、「え~!!そりゃないんじゃないの!」って思わなかったんでしょうか。
それとも安倍さんの言うことを聞いておかないと、今度の選挙のとき党公認もらえないかもしれないから、歯向かうのをやめて、おとなしく従っておこうとでも思ってんでしょうか。

これまでの党内で議論を重ね地道に積み上げてきた党としての改憲への考え方とは異なる改憲独自案を寝耳に水的に発表されても、党内から反発や異論が噴出しない。
それどころか「我々党としては全力を傾けてその方向が実現できるようにしないといけない」なんていうようでは、もはや自民党自体、安倍私党に成り下がってしまって、もう政党としては、まったく機能してないですよ。
民進党はもう政党としてダメなんていいますけど、自民党だって、もう安倍さんのいいなり、好き勝手、やりたい放題で、もうね、まったくダメですよ。
事実上、安倍私党ですもん。
小説吉田学校の頃の自民党とは、もはや党名が一緒なだけで、中身はすっかり変容しちゃってますね。
有能な党員はすっからかん、もはや安倍さんの専横的政策を実現するための、ただの数合わせ要員に過ぎないですよ。



そして、憲法9条に自衛隊の存在を認める条項を加えるというところ、ここも理論破綻してますよね。

そもそも自衛隊は、国が持つ自然権のうちの1つ、自衛権を担う我が国を防衛する立場の最小限度の実力組織であるので、その存在は憲法に違反していない。
ただあくまでも最小限度の実力組織であるため、個別的自衛権は行使できても、憲法の制約上集団的自衛権は行使しない(集団的自衛権とは、小林節慶大教授の定義によれば「他国の戦争に加担すること」、それ以下でも以上でもないそうです)。
つまり個別的自衛権を行使する実力組織だから、自衛隊は合憲とされてきたわけです。

それが、私はどうしてなのかいまだに説明できないのですが、あの解釈改憲で集団的自衛権の行使も合憲、それを行う自衛隊も合憲ということになりました。
安倍首相ご自身で、一生懸命わけのわからない屁理屈並べて、そうご説明されてましたよね。

ところが、熟読しろとおっしゃられた読売新聞で今度は、

自衛隊について多くの憲法学者(安倍さんがいうには、ある調査では7割)は『違憲』と言っていると主張。
自衛隊を合憲化するために、9条の、1項・2項を残し、その上で自衛隊の記述を書き加える。

というではありませんか。

はぁ?? 

なんじゃそれ。

自衛隊の存在自体違憲だという意見がある。
だからしっかり自衛隊の存在を明文化しよう。

いまさら何言ってんの?

そんなこと、今に始まったことじゃないでしょ。
自衛隊は違憲なんていう論争は、自衛隊創設のときからあるじゃないですか。
それを今、降って沸いたような問題みたいに取り上げて、すぐに解決しなければならない問題みたいに大騒ぎして、それを喫緊に改憲しなければならない理由に挙げてますけど、戦後、自衛隊創設から今日まで、現行憲法で自衛隊の存在は合憲と解釈され、運用されてきたじゃないですか。
それにご自分だって、自衛隊の存在も、その運用についても合憲だって、屁理屈こねながらも、そう明言してたじゃないですか?
現行条文で合憲と判断されているものを、わざわざ改憲する必要ってあるんですか?

違憲という意見があるから・・・って、何をとってつけたようなこと、言ってんですか。

そんなこというなら解釈改憲という暴挙で強引に押し通した集団的自衛権の行使、あれこそ多くの憲法学者さんたちが憲法違反だっておっしゃってたじゃないですか。

もうね、言ってることが、その場その場でコロコロかわって、矛盾だらけで支離滅裂。

こうなってくると、もはや「この部分をこう変えたい」ではなく、「憲法改正」という行為そのものが、目的化してるとしか思えませんよ。



安倍晋三さんは、成蹊大学法学部卒ですよね。
成蹊学園といえば、三菱財閥四代目総帥・岩崎小弥太が創立した名門、その法学部は、偏差値でもMARCHクラスの難関です。
その成蹊の名の由来は、「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」。
桃や李(スモモ)の木は何も言わないがその下には自然と人が集まって道ができる、という意味です。
名将・李広の周りにはその人徳により自然と多くの人が集まったわけですが、安倍晋三さんの周りにはそのチカラだけが目的ですりよってくるYESマンしか集まっていないのでしょう。

やりたい放題の裸の王様と化した安倍晋三さんを、成蹊学園で一生懸命勉強している法学部現役学生ならびに社会でご活躍されている法学部卒業生諸氏は、どう思われているのでしょう。

この、憲法とは何たるか、立憲主義とは何たるか、三権分立とは何たるか、法治国家とは何たるかを、まったくわかってない安倍晋三さんというOBは、法学部でいったい何を学んできたのでしょう。

私も一応法学部卒ですが、もし成蹊大卒でしたら、あんなOBは恥ずかしくて見てられないですよ。



私は、現行憲法の改正は、9条以外はまったく必要ないと思っています。
その9条だって、あの解釈改憲前までなされてきた解釈・運用が行われているなら、現行条文のままでまったく改正の必要はないと考えます。
ただ、あの9条条文を、為政者が自分の都合のいいように勝手に解釈変更して、できないとされてきたものができるようになってしまったという許しがたい事実があります。
そういう悪しき事例が再びおきないように、これ以上為政者が、自分に都合のいいように勝手に解釈変更できないようにするために、どこをどう読んでも書いてある通りにしか解釈できない条文へ書き換える必要があると考えるようになりました。
積極的に改憲しよう!というよりは、やむにやまれず改憲しておかないと・・・、といった感じでしょうか。

そういう意味においての改憲は将来的には必要だと考えますが、立憲主義がなんたるかをまるっきりわかっておらず、国民の代表者の集まりである国会を軽視し国民を小馬鹿にしながら、その国民にまったく諮ることなしに専横的に改憲への道を突っ走る、こんな安倍首相の下での憲法改正には断固反対いたします。

もし、憲法が何たるかをまったく理解してない安倍首相の下で改憲を許したら、何をどうされるか、もう、やりたい放題になっちゃいますよ。

トルコみたいにね。



もう一度書きます。


基本的に改憲はするべきだと考えますが、安倍晋三内閣総理大臣の下での憲法改正には、断固反対いたします。




あ~、なんかね、スッキリしましたねぇ。



あっ!

まだ共謀罪、可決前ですよね。









ポチッとしていただけると嬉しいです。

   ↓       

にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村